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コイントス

コイントスってあるじゃないですか、

コインを指で弾いてキャッチしたのの裏表を当てるヤツです。

ここで表が出る確率は50%で裏が出る確率も50%です。

 

ふと思ったんですけれども、弾いたコインがでも表か裏か、それは一体どこで決まるんでしょうか。

 

物理学にはそんなに詳しくないので適当に思い当たるのはコインを弾いた時の力加減、角度、キャッチした位置。多分この辺が要因だと僕は思うんですけれども、さらに言えば込めた力加減、弾いた角度、キャッチした位置は一体どうしてその強さその角度その位置になったんでしょうか。弾いた人の筋力量だったり癖だったりもしかしたらその日寝不足だったからそうなったとかもう何が関係があって何が無関係なのかもうわからなくなってきます。

 

そしてその人の筋力量は一体どうしてその程度なのか…と考えていくと完全にキリがなくなってくるのでやめますがきっと遺伝だったり日頃の筋トレだったり何かしらの理由・要因が必ずあると思います。そう考えるとこの世に全くの偶然というものは果たして本当にあり得るのでしょうか?

 

僕はノーだと信じています。この世のすべてのものごとは原因・要因に基づくものであって必然であると。ある時にコイントスで表が出るのも、ある日の夕飯がカレーライスなのも、ぼく自身がこういう人間なのも。

 

そしてこの因果の連鎖はきっとどこまでも遠い未来まで続くだろうし、逆に遠い昔、宇宙の誕生かそれ以前からずっとずっと続いて来たのだとぼくは考えます。

 

こんな風に考えると人間の意志ですら自分自身のものであるのかどうかすら疑問に思います。ある時誰かが「ぼくは変わってみせるぞ」と決心したとしても、それはその人にとっての転換点かもしれませんが世界からすれば必然によってあらかじめ決められていたことが起きただけなのではないか、と。

 

まるでピタゴラ装置だ、ボールは置かれた時点でただただ物理法則に従い、装置の形に合わせて転がり、やがて必ず同じゴールにたどり着くことが確定している。

 

この考えによって不幸になるとか幸せになるとかそういう話ではないのですが、私は出来ることならこの考えに至らないまま生きていたかったです。

 

ぼくは日頃からこんなことをずっと考えて生きています。以上です。